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鈴鹿8耐初監督でチームを7位に導く

Suzuka 8 Hours 20147月24日〜7月27日に三重県・鈴鹿サーキットで開催された「2014 FIM世界耐久選手権シリーズ第2戦“コカ・コーラ ゼロ”鈴鹿8時間耐久ロードレース第37回大会」。真夏の祭典の名に相応しい、暑い天候の中でレースウィークを迎えた。

玉田は#22 Honda Team Asiaの監督して参戦した鈴鹿8耐。彼にとっては初の監督業になった。課せられた目標はトップ10以内でのフィニッシュ。この鈴鹿8耐でファクトリーチームや世界で戦って来たライダーが多い中でのトップ10フィニッシュは容易ではないことは誰もが感じていた。

起用したライダーは3名。全員がアジア人ライダーで、過去のHonda Team Asiaとは違い、玉田をはじめ、高橋裕紀選手や亀谷長純選手のような日本人エースライダーは起用しなかった。また、メカニックも日本人に加え、マレーシア人、インドネシア人と本当の意味での「チーム・アジア」の姿での参戦となった。

第1ライダーには玉田が2012年にアジア・ドリーム・カップのプロフェショナルトレーナーだった頃の教え子であるジョッシュ・フック(オーストラリア)を起用。フックは今季オーストラリアスーパーバイク選手権に参戦中。開幕からの2戦は怪我のため、出場しなかったが、今季初のレースとなったシリーズ第3戦でいきなり優勝。昨年はドリームRT桜井ホンダから鈴鹿8耐に参戦をしており、チームの中で唯一の1000ccマシンと鈴鹿8耐を両方経験しているライダー。しかし、まだ21歳と若いライダーであり、2年前まではCBR250を乗っていたライダーである。

第2ライダーには玉田が参戦しているアジアロードレース選手権でチームメイトのザムリ・ババ(マレーシア)。同選手権で現時点でのポイントリーダー。年齢は30歳とすでにベテランであるが、耐久レースの出場は初めて。しかも、春先に大腿骨を骨折しており、まだ完全には治っておらず、体力面での心配が残っていた。

第3ライダーにはディマス・エッキー・プラタマ(インドネシア)。昨年の鈴鹿4耐に初参戦初優勝を果たし、今季はアジアロードレース選手権SS600クラスにフル参戦。前戦で同クラス初表彰台を獲得している。耐久経験者とは1000ccに初めて乗ることが最大の不安要素であった。

この「アジアンオールスター」とも言えるメンバーで8耐に挑む玉田監督。課せられた目標であるトップ10以内であると同時にアジアンライダーの育成にも主眼をおいていた。

7月から事前がテストが始まり、走り出しは2分14秒〜15秒台ととてもトップ10圏内を狙えるタイムではなかった。だが、玉田は彼の走りを見て、弱点をみつけ、的確にアドバイス。メカニックたちにもモチベーションを上げるように務めた。ライダーたちも徐々にタイムを出せるようになり、テスト終了時にはライダー全員が2分10秒台で周回できるようになっていた。

そして迎えたレースウィーク。玉田はフックをマシンのセッティングに専念させ、ザムリにはロングランでタイヤの持ちと燃費計算に専念。そしてディマスにはコースとマシンに慣れさせることに専念させた。

フリー走行1回目で8番手につけたものの、その後のフリー走行では16番手〜17番手。だが、玉田はこの結果をさほど心配していなかった。このフリー走行の結果は各チームのライダー全員の中からのベストタイムで順位が決まるからだ。ライダー3名ともがベスト2分10秒台をマークした。

公式予選では各チームが路面温度が下がるであろう第3ライダー枠にタイムを出せるライダーを持って来た中、玉田はフリー走行でチームベストを出しているフックを第1ライダーにそのまま投入。これは第3ライダー枠の時間帯でも路面温度は下がらないと予想したからだった。それなら、まだプレッシャーが少ない第1ライダー枠でフックを走らせることにした。それが的中。フックはタイムアタックに入ると、各セクターで自己ベストをマーク。第3セクターを通過した時点では総合でも4~5番手のタイムで、Top 10 Trial進出に期待が持てたと思った瞬間、コースに転倒が発生し、赤旗中断。再開後にフックは再度タイムアタックをしたが、タイヤのグリップ力は下がっていた。自己ベストとなる2’10.007をマークし、このグループ10番手。ザムリとディマスも2’10秒台にいれるが、トップ10には届かず予選14番で決勝を迎えることになった。

玉田はTop 10 Trial進出できなかったことに悔しい思いもあったが、ここでも心配はしていなかった。予選での3名のアベレージを観れば、全体の11番手のタイム。目標であるトップ10以内でのフィニッシュが見えたからだ。

そして迎えた決勝。ここで玉田はライダーの走行順を変更。昨年も夜を走っているフックを第3ライダーにおき、ディマスをスターティングライダーに指名した。この日の鈴鹿は正午前後から雨が降り出す予報が出ていた。玉田は念入りに雨が降った時の戦略をライダーたちに伝えていた。ピットインのタイミングはチームが出す。スリックでの走行中に雨が降って来た場合は、ライダー自身が危険と判断した以外は、チームがピットインの指示まで頑張って欲しい。それが玉田がライダーに伝えた指示だった。

スタート進行が始まった午前11時頃には雲行きが怪しくなった鈴鹿。ときおり、ぽつぽつと雨が降り出すが、傘もいらない程度の雨。そして各ライダーが2周のウォームアップに出る。だが、スターティンググリッドに戻って来たとほぼ同時に鈴鹿には大雨が降り出した。すぐに小降りになったが、大会委員会はスタートをディレイ。このまま、雨が止めば、第1スティントが終わる前にコースはドライになってしまう。だが、玉田は迷わず、チームにレインタイヤに履き替えるように指示。また雨が降ると予想しての判断だった。そしてすぐにまた鈴鹿に大雨が。大会委員会はさらにスタートをディレイし、1時間5分遅れの12:35スタートなった。また大会規定により、予定通り、19:30にレースが終了しないと行けないため、レースは6時間55分の耐久レースとなった。

そして12:35にレースはスタートした。ウェットでのスタートとなったディマスは慎重に周回。一時は18番手まで順位を落とすが、徐々にペースがあがり、13番手争いまで順位をあげていた。だが、ここで予期せぬ事態が起きていた。雨用ヘルメットシールドに慣れていないディマスは、スタートデイレイの時にヘルメットが濡れたままシールド開けていた。その影響でシールドに水滴が入ってしまっていた。スタートからシールドが曇り出していたのだった。それでもどうにか狭い視界の中で走行していたが、曇り具合は悪化。ディマスは緊急ピットインをする。すぐにシールドを交換してコースに出るが、この時点で64番手まで順位を落としてしまっていた。

これでトップ10フィニッシュは絶望かと思われたが、玉田は諦めていなかった。再コースインしたディマスは遅れを取り戻す走行を見せ、40番手まで順位をあげて、ルーティンのピットイン。この頃には雨も上がり、コースはハーフウェットの難しいコンディションになっていた。そして、バトンをザムリに渡した。

ザムリがライダー交代のためにピットに入ると、玉田はザムリに「コースは乾いて来ているが、まだ濡れている箇所も多い。でもこのまま乾いて行くから、スリックタイヤで出す。無理しなくていいから、転倒はせず、着実に走行をしてくれ」と指示をする。アジアではモンスーンが突然降り出したりと、こう行ったコンディションになれているとはいえ、ここでザムリは走行中のライダー中で一番速いタイムで周回を重ね、なんと26台を抜き14番手まで順位をあげていた。

ザムリの予定だった22周目が訪れたころには路面はドライ。だが、ここで玉田はピットインを遅らせる作戦に出る。それは鈴鹿にまた雨雲が迫っている情報を得ていたからだった。予定通りでピットインをすれば、次のフックはドライタイヤで出る事になるが、雨が降ってしまえば、レインタイヤに履き替えるために再度ピットインをしなくてはならない。だから、フックと交代するまでに雨が降れば、ピットイン回数を一回減らすことができると玉田は判断した。だが、24周目になっても雨は降らず、もう燃料が底をつくだろうとザムリにピットインの指示。しかしこれがピタリと作戦にあたり、この周に雨が降り出す。そして25周目にピットインした時はコースは再度ウェットコンディションに。フックはレインタイヤでコースインをした。

レインタイヤで周回を重ねるフック。予定周回数は26周。だが、このスティントの後半には雨があがり、コースは乾き出していた。このままでのレインタイヤでの走行は厳しいだろうと玉田は判断。予定より4周早い22周目にピットインの指示を出した。

ここでディマスが走行する予定であったが、玉田はザムリを投入した。これには理由があった。第2スティントでザムリが見せたハーフウェットでの走り。同じようなコンディションになるであろうこのスティントをザムリに託すためだった。この作戦を納得した上で、コースイン。作戦は見事にあたり、チームの目標である10番手まで順位をあげてピットイン。ライダーをディマスに交代した。

このライダー交代のタイミングで順位を11番手に落とすが、ディマスはペースを上げられない中でも、10番手まで順位を戻して周回を重ねていた。中々ペースを上げれないディマスに対し、玉田は予定より5周早くピットインを命じる。そして、フックと交代。フックにとっては初のドライでのスティントとなった。

フックはここで、素晴らしいタイムを見せる。2周目には2分10秒台に入れ、4周目にはチームベストとなる2分9秒541をマーク。上位陣と変わらないハイペースで周回を重ね、予定周回数の25周を7番手でピットイン。ザムリに交代をした。

ザムリがコースインをした時の順位は9番手。順調なペースで周回をするザムリだったが、中々順位をあげらるずにいた。そして11周目にセーフティカーが入る。ここで順位を争っている他チームは4チーム。どのチームももう一回ピットインの必要があった。玉田はセーフティカーがまだ入っている段階でライダー交代をさせる判断をし、予定より早い14周目にライダー交代のためにザムリがピットインをした。

そして最終スティントを玉田は、フックに託した。コースインした時点での順位は10番手。7番手まで自力で順位を上げられることはチームもライダーも確認しての周回となった。途中セーフティカーが入り、レース再開となった時点でレースは残り20分。フックはこのスティントでもトップライダーと同じハイペースで周回を重ね、9番手、8番手、7番手と順位を上げて行った。そして161周目の19:30、チーム目標を上回る7位でチェッカーを受けた。

玉田誠監督
「今回初めてチーム側にたってみて、レースはライダーだけでは勝てないと痛感しました。ライダーとしての自分にも大変勉強になったと思います。自分がライダーとして出場した時よりも数倍緊張しました。

課せられた目標は10位以内の完走。アジア人ライダーだけでは難しいとも言われましたが、自分はそうは思っていなかったです。監督を引き受けたときに決めていた事はひとつ。ライダーもメカもアジア人だからだとか、ファクトリーチームではないからとか、そんな事は関係なく、世界で戦っているチームと同じ厳しさで接しようと決めていました。だから、彼らには無理も多く言いましたし、厳しいことも多く言いました。そして、チームワークが大切だと言うことを彼らに徹底しました。

いい仕事をした時はメカをライダーを褒め、ライダーはメカに感謝をする。ミスを犯した時は、メカはライダーに謝り、ライダーは責任を取る。当たり前の事ですが、それを実践できていないチームも多く見ます。特にアジアのチームでは多いです。ライダーも含めて、チームの全員が自分の役割を熟知し、責任を持ってその役割に全うすることができれば、目標は達成できると信じていました。

ジョッシュ(フック)、ザムリ、そしてディマスには本当にお疲れさま、そしてありがとうと言いたいです。文句も言わず、わがままな自分の指示にも忠実に従い、トップライダーたちと同じような走りを見せてくれました。

そして、松山さんをはじめとしてメカニックたち、ライダーたちを支え続けてくれたヘルパーたち、そしてライダーがベストコンディションで走れるために尽力して頂いた鎌田先生とトレーナーたちにも大変感謝をしています。毎晩、夜遅くまで作業をしてくれ、また翌朝は早朝からの作業。暑い中、集中を切らさず、作業をしてくれたことに心から敬意を表します。

この貴重な経験の機会を与えてくれたHONDAにも感謝しています。また、新米監督にライバルでありながら、多くのアドバイスをして頂いた、F.C.C. TSRの藤井監督やMuSASHIハルクプロの本田監督にもありがとうございましたと言いたいです。そしてライダーの時と同じように惜しまない声援を送ってくれたファンの皆様にも感謝しています。

目標以上の7位完走できたことはとても嬉しいです。ただ、自分も含め、ライダーそしてチームがこの結果に満足をせず、もっと上を目指して今後も活躍してもらいたいです。優勝を目指すことがレースです」

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